〝菩薩〟という呼び名は、「悟りを求め衆生を救うために修行を重ねる者」という〝菩提薩埵〟(ぼだいさった)を略した名称になります。『観無量寿経』でいう処の〝三福〟の最後の「菩提心を発し」とは、この菩薩の道を行じていくことにあります。この三福の三つの善業を積む具体的教法が、次に示される十六からなる〝観法〟です。
その十六観法を天台智顗は、『魔訶止観』の中の「四門の料簡」で詳しく解き明かしております。

その内容はこちらの、『摩訶止観』関口真大校注(下)岩波文庫の25ページ 「ハ 四門の料簡」また、『天台宗教聖典 Ⅱ天台大師集』ですと

「維摩経玄疏」によるところの四門の解説(P.1132~1137)で詳しく紹介されております。市の図書館などに置いてあったりしますので興味のある方は、足を運んでみて下さい。ここでの智顗の解説は大変難しい内容ですので次章『その③~円融の巻~』で詳しく紹介してまいります。
四門について智顗は、龍樹の『大智度論』の「四門もて清涼地に入る」との御文を引用し、「仏教の所詮は、正四句の法をもて、能く行人に通じて真性実相の体に至らしむ。ゆえに名づけて門となす」と説明されてます。正四句の法とは先に紹介しました〝四悉檀〟に他なりません。

初期仏典で説かれている無色界等至 (samāpatti)がこの「円教の四門」で見事にひも解かれております。
一仮一切仮は仮、即ち〝有〟である実体(有門)を空じ(非無門)、有でもあり空でもある実体の真理(亦有亦空門)を覚るべく此縁性縁起が起こります。
一空一切空は、〝縁起〟で生じた果の姿(空門=縁起)は対象を第六意識で観じとった認識です。その第六意識を空じ(非有門)て第七意識で対象を観じると実体を空じた真理として相依性縁起が起こります、この第七末那識の自我意識を完全に空じて第八阿頼耶識(非有非無門)へ意識は向かいます。
一中一切中は、即ち実体における真理(此線性縁起=亦有亦空)から実体を空じた真理(相依性縁起=非有非無門)へと真理を深め、時間軸を抜け出た真理として因と果が同時に同体で顕れる因果具時の亦有亦空・非有非無門門が開かれます。
この一仮一切仮(応身如来)、一空一切空(報身如来)、一中一切中(法身如来)が凡夫の一身に顕れて三身即一の真如の世界観(=中観)が開けます。
これがお釈迦さまが初期仏典『般舟三昧経』の中で示された観法〝念仏三昧〟即ち三界唯心思想における究極の真理の世界です。
続く
その十六観法を天台智顗は、『魔訶止観』の中の「四門の料簡」で詳しく解き明かしております。

その内容はこちらの、『摩訶止観』関口真大校注(下)岩波文庫の25ページ 「ハ 四門の料簡」また、『天台宗教聖典 Ⅱ天台大師集』ですと

「維摩経玄疏」によるところの四門の解説(P.1132~1137)で詳しく紹介されております。市の図書館などに置いてあったりしますので興味のある方は、足を運んでみて下さい。ここでの智顗の解説は大変難しい内容ですので次章『その③~円融の巻~』で詳しく紹介してまいります。
四門について智顗は、龍樹の『大智度論』の「四門もて清涼地に入る」との御文を引用し、「仏教の所詮は、正四句の法をもて、能く行人に通じて真性実相の体に至らしむ。ゆえに名づけて門となす」と説明されてます。正四句の法とは先に紹介しました〝四悉檀〟に他なりません。
<三蔵教の四門>(十善業を修す)
声聞=有門(第一観)
縁覚=空門(第二観)
菩薩=亦有亦空門(第三観)
仏=応身の釈迦(第四観)--- 応身仏
<通教の四門>(三帰を受持す)
声聞=非有門(第五観)
縁覚=非無門(第六観)
菩薩=非有非無門(第七観)
仏=報身の釈迦(第八観)--- 報身仏
<別教の四門>(菩提心を発す)
声聞=亦有亦空門(第九観)
縁覚=非有非無門(第十観)
菩薩=亦有亦空・非有非無門(第十一観)
仏=法身の釈迦(第十二観)--- 法身仏
この第十二観までが欲界~色界にあたり、第十三観から十六観は無色界の「真如の世界観」となります。<円教の四門>(第十三観~十六観)(無色界の真如の世界観)

初期仏典で説かれている無色界等至 (samāpatti)がこの「円教の四門」で見事にひも解かれております。
一仮一切仮は仮、即ち〝有〟である実体(有門)を空じ(非無門)、有でもあり空でもある実体の真理(亦有亦空門)を覚るべく此縁性縁起が起こります。
一空一切空は、〝縁起〟で生じた果の姿(空門=縁起)は対象を第六意識で観じとった認識です。その第六意識を空じ(非有門)て第七意識で対象を観じると実体を空じた真理として相依性縁起が起こります、この第七末那識の自我意識を完全に空じて第八阿頼耶識(非有非無門)へ意識は向かいます。
一中一切中は、即ち実体における真理(此線性縁起=亦有亦空)から実体を空じた真理(相依性縁起=非有非無門)へと真理を深め、時間軸を抜け出た真理として因と果が同時に同体で顕れる因果具時の亦有亦空・非有非無門門が開かれます。
この一仮一切仮(応身如来)、一空一切空(報身如来)、一中一切中(法身如来)が凡夫の一身に顕れて三身即一の真如の世界観(=中観)が開けます。
これがお釈迦さまが初期仏典『般舟三昧経』の中で示された観法〝念仏三昧〟即ち三界唯心思想における究極の真理の世界です。
続く